
つまでも小さいままでいてほしいと願っても、それは叶わない。わが愛娘も、いよいよ十歳に。失われた十年の不況の中、お金とてなく仕事に追われる忙しい 日々を過ごしてきた私には、彼女をかまってやれる時間が限られていた。本当はもっともっと遊んであげるはずだったのに、いつの間にか親よりも友達と遊ぶ歳 になってしまった。とはいえ、何度か川や湖に連れていくことはできた。おそらくマイナーな趣味であるが故、カヌー経験は希有な思い出として一生覚えていて くれるだろう。そんなことを願いつつ、「行ける内に行っておこう。」ということで、シーズン最後の川下りに連れ出した。

DATE | 天候 | 区間 |
2006/11/3 | 晴 | 神戸ー三和大橋 |
2006/11/4 | 晴、一時雨 | 三和大橋ー速玉神社 |
2006/11/5 | 晴 | 速玉神社ー神戸 |
水質 | ★★★++ | 私の知る熊野では最高。数メートル下まで裕に見える。 |
水量 | ★★+ | 水量は少なめ、かつてあった瀬もなくなっていた。 |

11月3日は、文化の日。さぁ、川へスポーツといきましょう。のはずが、何とこの日小学校の音楽会。そりゃ、音楽の方が文化的といえば文化的である が何もこの日にぶつけなくてもいいでしょうとほぞを噛んだ。終了は午後一時ぐらいとのこと。午後出発で、熊野行きは可能なのだろうか。それが問題だ。とい うことで、K氏と、初体験S氏を引きずり出して、別動隊が先行出発、キャンプサイトを築いてもらい、日の入り前までに合流する計画となった。
ルートはいつもの十津川路である。大台越えや、南紀田辺からのルートも検討したが、今回は連休・熊野川下流部ということを考えると、やはり十津川越えが最善策と考えた。
これが大正解と言うか何と言うか、とにかく、私の場合ジャスト13時に神戸を出発、志古16時15分通過、三和大橋下キャンプサイト着16時30 分。片道3時間半という過去最高タイムをたたき出した。時差出動というのもあるが、このルートの道路整備が徐々に整備されていたのだった。
★★ここでワンポイント情報★★
御存じの通り、熊野古道は世界遺産に登録されました。で、何が起こったかと言うと、道路の整備が始まりました。もともと十津川路を整備しよう と、ほそぼそと道路工事が行われていたのですが、数年たってもあまり変わらずというのか過去の状況でしたが、ここ二三年で俄然勢いづいてきたようです。七 色ダムを越えて、本宮方面へ向かう道、一体何ごとかというほど立派な直線道路が整備。ドカンッと巨大トンネルも掘ったことで、かつて1時間はかかった区間 が、30分ほどにまで短縮されることになった。なんと、本宮の参道は、御影石ばりの美しい歩道になり、なんとなんと、大鳥居の真正面には、ディスカウント ストア・コーナンが開店していた。(ヘッドランプを忘れたり、ガスボンベが少なくなったという御仁には、ここで買い出しができるっていうわけです。ありが たいのかなぁ、これでよかったのかなぁ、違うような気がするなぁ。)★
到着すると先発隊は、テント設営であたふた中、うーむ、何となく設営が終わる前に日が暮れるなぁ、これは。ということで、まずはヘッドランプの用意から。ようようバーベキューコンロも組み上がったようだし、ランタンのマントルも作れたようだし、でサイトに灯が点った。
焚火にも点火。あとは、ワインとか、焼酎とか、子供がいるためオレンジジュースだとかで響宴開始。焚火を囲んで、子供と話すると言うのは実にいい感 じである。歳がばれてしまうが、「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい。丸大ハム」世代なのである。ちゃんとした薪が手に入るなら本当に厚いボンレ スハムを焼いてみたいものなのだが、最近の薪は、ちょっと信用できないのが残念だ。

ま、とはいえ、焚火のしかたぐらいは、林間学校の先生ではなく、お父さんがちゃんと教えてあげるから。まぁ見ておきなさい。息子よ。いや、娘よ。

明けて4日。この文化の日あたりは、特異日である。かならず晴れる。そう信じている。(最近の異常気象の影響で、いよいよ特異日という言葉は、気象用語としては消えるらしいが)紀州は、今日も青空に覆われた。
ちょっと、水が少ない。いつもより50センチは減水している感じだ。三和大橋の下には、だいたいザラ瀬がひろがるのだが、その手前には、今回大掛か りな簗が組まれており、もとより航行不可能になっていた。その下からの出艇だからよかったものの、上から下ってきたら、かなり困ってしまうほどの大きな簗 だった。なんで? ちょっと分からない。十年前の同じ日には、そんなものは存在しなかったが…。
きょうの行程は、熊野三山・速玉神社まで。5時間もあれば着けるとおもうのだが、この水量の少なさがどう影響を及ぼすかどうか。最後の方は、完全なトロ場となる。娘よ、しっかり漕ぐんだぞ。


午前中は紀州の暖かい日ざしが降り注ぐ中、半袖姿で十分。ほどほどの安全な瀬を通過。すっかり大人しい川になっている。やはり、水が少ないと下流部 は瀬に勢いがなくなるらしい。あとは、あの小鹿をすぎて浅里あたりのあの瀬はどうなっているだろうか。十年前には、かなり大きな波をかぶった覚えがあるの だが、まぁこどもが居るからこの川を選んだわけであるが、ちょっとぐらいバシヤバシャさせてあげないと楽しくないだろうという親心のこもった行程となって いる。お分かりかな、お嬢様。

10:00に出艇して、2時間、件の瀬の手前の河原で昼食タイムとなる。
河原で食べるカップヌードルのうまさは、娘ももう知っている。今回食材の買い出しをすっかり友人達に任せてしまっているのであるが、「プレーンタイ プのカップヌードルとカレーヌードルとどっちがいい?」って、そりゃプレーンに決まっている。親子そろって、プレーンタイプを所望すると、友人達二人は当 然残り福のカレーヌードルとなった。なんかちょっと残念そうな感じ…。四つとも、プレーンにしとけば良かったものを…。
休憩をとっているうちに、風が出始める。ちょっと肌寒い。おかしいなぁ。きょうは1日いい天気のはずだったのだが、何やらヤーな感じ。
ちょっと行程も遅れているので、さて、さっさっと再出発。この先すぐ、右手にコンクリート工場が見えてきたところが、最大の見せ場。この行程では一番大きな波がたつはずであるが、さて如何に。

残念。あの大波はいったいどこにいったのだろう。この辺り、左岸の河原がどっと大きくなり、流れは右岸側に押し寄せられる感じになる。それだけに水 路は狭められ、波立つ瀬が連続するのだが、どれもがそこそこの波立ち程度。思いっきり、娘に水をかぶらせようと思っていたのだが、はてが外れてしまった。
そのうえに雨である。天気予報は晴れである。一時何々という注釈もない。ないはずなのに「雨」である。おかしいなぁ、Kさんが川に出ると、この不思 議な現象が十中八九なぜかやってくる。ざんざん降りにはならないからいいものの、雨にうたれるとやはり気持ちは萎える。なんか、ポジティブ・シンキングで きないかと考えていると、あれあれ、あれは面白いかも。

「娘よ、見よ。川面に無数のプラスマークができている。」下流部はほとんど静水。流れはない。南向きで、逆光。すると、雨粒が川に落ちると、そのま ま上に飛沫があがるのであるが、それがちょうど十字マークのように見える。シャッタースピードの変えられるカメラなら、その様も撮れたかも知れないけれど も、ま、記憶の中にしまっておこうか。「な、我が娘。」
結構、いやなジトジト追っかけてくる雨であった。速玉神社様が怒っているような、なんとも不思議な雨だった。いよいよ、熊野川大橋も見えてきて、上陸地点を定めないといけないタイミングとなった。結構時間が過ぎている。
かつて上陸した地点であれば、この辺なのだが、と思いつつ、今回事前に下デポ地を選んでくれた相方達の指示待ちである。
速玉神社の正門に一番近い場所への上陸となった。この辺になるとそろそろ海の香りがする。潮の満ち干で水量が変わる地点になるが、それよりもそろそ ろ四時に近付いている。上流デポ車を取りにいかないと、かなり厳しい。何となく川船の繋留地と思える小さな入り江に船を着ける。あとは、おのおの速効の行 動に移る。いつの間にか雨も上がっていた。
娘は、K氏にあずけ、キャンプ地整備係り。S氏といっしょに車降ろしと買い出しに向かう。まだ少し夕方のラッシュに早かったのか、何とかスムースに上流に向かうことができた。
片道三十分。また、日暮れとの戦いが始まった。
約1時間後、速玉神社裏に戻って来た。さっきまで開いていた一番神社に近いスロープは早々にクローズ。ま、これは想定内。以前来た時には、もっと上 流に上った所から車を川に落とした記憶がある。土手を遡ると、ほぼ突き当たりぐらいにまで遡ったところで、下に行く道が現われた。まだ日が落ちていないお かげでなんとか様子が分かる。まぁ、ぎりぎりな感じではあるが、幸い今日もセーフである。
さてテントサイトに戻ってみると、あれ一向に、ものごとが進んでいないような…。
曰く、途中で地元のオバチャン登場。「あんたら、そんな川のそばにテント張ったらあかん、あかん。潮が満ちたらな、このへんは全部水に浸かるんや。もっと離れなアカン。もっと、もっとやて」ということがあったらしい。
でもって、荷物を移動させるだけで相当な時間を費やしたらしい。そら、こんなガキんちょでは力にもならないし、仕方ない。最後に残っていた艇2杯をえっさこらさと運んで、やっと野営地が決定した。
「ほんまにこんな所まで、潮が上がってくるんかいな」といいながら、念には念を入れ、テントはコンクリー階段の上に張ることにした。結局、杞憂に終わったのではあるが。
日が落ちた。薄暗い中で、もぞもぞとサイトが組み上がっていった。
今宵は、K氏お手製の適当ぶっ混み風けんちん汁。なかなかに、これが旨い。夜冷えてくると尚更に旨い。それと、速玉神社特製・木の葉花火。何の木だ かわからないのだが、速玉神社の横に打ち落とした枯れ枝が積み上げられている。これが、焚火にくべると、相当パチパチと軽快な音と火花を散らす。どうして も河原では花火がしたいという娘に、熊野の神さまからの贈り物だったのだろう。きっと。


明けて五日。晴れた、晴れた。気温もどんどん上がって、夏が帰って来た。終わりよければすべて善し。撤収完了、いざ温泉へ。
熊野川町の熊野川温泉に行く途中、ふたたび熊野川を遡っていく。いつかのように、頭の中のビデオは巻き戻される。下った川を遡るのは、郷愁を誘うがごとくに、少し寂しい。

娘はそんなことはお構い無しに、ウキウキドライブ。「この辺は、滝がたくさんあるよ、はなじろの滝なら大きいからきっと見れるよ」と言ってたら、パシャリとちょうど撮れたようです。
さて、温泉に入って、飯食って、あとは土産の高菜漬けを買おうと、志古のジェット船乗り場へと行くと、「えっ? ない。」だってそこに冷凍庫があって売ってたじゃないですかと聞くと、「ああ二三年前までは売ってたけど、もうやめたみたいですよ」とのこと。時代は、こ んなところでも移り変わっていたのでした。

2006年11月3日
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