こんな生産的だか非生産的だか分からない趣味を持ったものとして、 とにもかくにもこの趣味を正当化するには、川に行って本人が幸せだと思えるかどうか、それ一点にかかっていると思う。 その意味では、熊野川は全くもって、幸せの川だと思う。

DATE | 天候 | 区間 |
1996/7/20 | 台風のち晴 | 田戸-小川口 |
1996/7/21 | 晴 | 小川口-志古 |
水質 | ★★★ | 十津川合流後やや白濁。上流で大がかりな道路工事。 |
水量 | ★★★ | 豊か。でも台風の影響というわけでもないらしい。 |

7月19日、こんな時期に珍しい台風の到来。明日は、いよいよ近畿を通過だって?バカを 言うんじゃない。明日は、待ちに待った熊野川なのに。 明けて、20日、ここ兵庫県西宮は雨である。 待ち合わせの場所に行くと、さらに強い雨。 今回のツアー主催者のシルバーファーン・Mさんは、 きっと大丈夫ですよと言うが、これはフツウ常識的に見て「大丈夫じゃない」よ。おい。 と思いながらも出発。
雨そぼふる中を梅田経由、阪神高速湾岸線から、阪和道で海南へ。 ところで、ああ、そう言えば今日は夏休みの初日で土曜日。しかも休日。 でも台風が来てるんだし、混んでるわけがないよね。 アハハ、アハハ。といってるそばから大渋滞。和歌山の海岸線国道24号はノロノロ運転が 続くのであった。
★★ここでワンポイント情報★★
大阪方面から熊野川へ行くには、阪和道で行っちゃダメよ。 特に行楽シーズンは、ダメ。しこたま高速料金を取られた上に 紀州路は満員御礼の大渋滞。こうなったら大阪からは大回りの ルート(ちなみに、このルートだと大阪-志古間は250キロ)を 取るだけに目も当てられない。なんと7時間(休憩のぞく)の 大旅行になってしまう。 おすすめは、帰路にとったルート。西名阪柏原IC経由、 奈良県五條市から十津川渓谷まわりの170キロ。 混んでいなければ4時間半ぐらい。
途中、「志古」のジェット船乗り場の無料駐車場にボクの車をデポして、 一路上流へ。くねくねと細く恐ろしげな道を辿り (この道、一応バスも通っているのであるが、バスが通るからといって 道が広いと思うのは、全くもって間違い。ボクはこの路線の運転手さんに 心から同情するし、今度どこかの神社で安全祈願をしてあげたいとも 思うぐらいである)、出艇地点の「田戸」に到着したのは4時であった。
ところで、雨があがっているのである。山をひとつ越えると、雨はあがるのである。 あの飄々としたMさんの態度、自信ありげな様子は、つまりこの地理的な特質を 知っていたからなのであろう。これぞ秘境、熊野。畏れ多いことである。

幽玄。 田戸の駐車場から、川への石段を降りつつ口を衝いて出た言葉は、幽玄だった。 しかしながら、はや夕方の4時。暗くなるまでに、小川口まで漕ぎ着かねばならない。 あたふたとボートを組み立て、進水式。靄たちこめる川面に漕ぎ出したのであった。
この時間になると、瀞峡の遊覧船であるジェット船の運行も終わっている。 パドルの音だけが、渓谷のなかを反射する。この静けさは、なんたることか。 ところどころ、湧き水が細い滝となって、高い岩壁のかなたから落ちてくる。 これぞ、名勝、瀞八丁。約1キロの水墨画の世界である。
岩壁がなくなる頃、瀬の音が聞こえてくる。1級の瀬。ここから小川口までの間に これぐらいの瀬が5箇所ほどある。ジェット船が通っている時間帯には注意が必要だが、 それ以外の時には、特に問題もない。 いよいよ日が傾いてきたので川は全体的に薄暗いのであるが、この条件下でも 川底がちゃんと見えている。美しい水だ。昼間見たら、きっと狂喜乱舞するのではあるまいか。 明日が楽しみ。

ちなみに、この河原にキャンプを張る人も多いようだ。また、堤防の上にはグラウンドがあって、その横にトイレがあるのだが、このトイレがとってもキレイ。ありがたいことです。皆さんで清潔に使いましょう。
大きな橋が見えてきた。キャンプサイトにもなっている 河岸に上陸。所用時間2時間弱であった。

7月21日10:30、小川口から離岸。本日はソロ・ツーリング。すでに多くのアユつり師が竿をかざしている。多勢に無勢なので、おそるおそる大回りして通り過ごす。といってもここ熊野川のアユつり師は、それほど殺気だってはいないのである。その訳はジェット船。この川は、ジェット船がひっきりなし に通るのである。いまさらカヌーが一艇増えたぐらいでどうってことない。むしろカヌーがいた方がジェット船もスピードを落としてくれるから、水は静かだ。 感謝してもらいたいぐらいである。大きな声では言わないけど。

さて、そんなアユつり師のことはどうでもいいのである。それよりなにより、気持ちいいぞお!気持ちよすぎるぞお!ちょっと風があるけど、台風一過の快晴だ。しかも。 この美しさをどうすればいいんだろう。この淵を見よ。旅の疲れなんか、この光景を目にすれば、先カンブリア紀以前にまでブッ飛んでいく だろう。熊野川が、ボク一人のためだけに微笑んでいてくれた瞬間である。
とにかくゴキゲンな川なのである。真っ白な丸い石を敷き詰めた河原が、いたるところにある。日程さえ許せば、すぐにもテントを張って、川遊びに興ずるのに。なかには、カヌーでしか行けない河原もあって、まったくの無人島状態。今度来るときこそ、ここに泊まるぞと心に誓う。
ところどころに切り立った岸壁や、川のなかからそそり立つ岩。瀞八丁ほどではないにしても、この辺もなかなか風光明媚。だから、あの遊覧ジェット船が通るのであるが。ほらまた来たぞ。

ジェット船が行くと、そのあとには、緩やかな波がやってきた。 その波は、川面を 巨大な凸面鏡にし、そしてあたり一面を時空の歪みのなかに吸い込んで いくかのようであった。

やがて、竹筒という集落が、前方に見えてくる。ここで川は大きく左に カーブ。また、ここから川沿いに道路が走り始める。ここで初めて人は気づくのである。 道路がないと、どれほどに自然は静かで、静かであるがゆえにどれはど豊かな音に満ちていたかを、気づくのである。
そして、十津川との合流点。時計を見ると12:30だった。ここで瀞峡は終わる。厳密に言うとここまでは北山川であり、 ここから先の下流を熊野川と言う。今回の終着点・志古までは、もうあとわずか。2キロもないはずである。浅瀬に立って、来し方の山を眺めていると、そのすぐ横をジェット船がまた通りすぎていった。


13:20、志古上陸。
船着き場の近くは、流れがかなり早い。一生懸命漕ぎ上って接岸すると、ふっと溜息がもれた。発着所の50メートルほど下流には、巨大な隠れ岩が あるようで、異様な水面の盛り上がりが見える。ちょっとドキリとする光景だ。注意されたし。

1996年7月20日